急成長

さて、97年にソリアーノが来日した時、チームメイトは、彼の体格が一回り大きくなっている事に驚いた。

これはオフにウエートトレーニングに励んだからだと言われている。


筋力をつけたソリアーノは急成長を遂げた。

打率は.252だったが前年1本も打てなかった本塁打を8本も打った。

シーズン後半には、当時レギュラーだった正田の不調なども重なり昇格した。


さすがに一軍投手の壁は高く、シングルヒット2本を打つのがやっとだった。

9試合 .118 0本 0打点の成績で2年目のシーズンを終えた。

(二軍では 68試合 .252 8本 34打点



さて、契約更改である。

「今年は1軍の試合に出場したし、ヒットも打った。 100万円アップの500万円で良いだろう。」

「なんですか、その金額は。もっと出して下さい。」

「では、いくら出せば良いのかね?」

「年俸は2000万円です。それから留守家族手当を支給して下さい。」

「君、いくらなんでもその金額は無理だろう。 今年の成績を考えてくれ。ヒット2本じゃないか。
 それに留守家族手当はもう支給しているはずだ。」

「いえ、今頂いているお金は留守家族手当てには該当しません。 正式な留守家族手当を支給して下さい。
 それにソリアーノは来年は必ず活躍します。 来季の年俸は2000万円出して下さい。」

「よく考えてくれ。ペレスの年俸は1900万円だ。ペルドモに至っては900万円なんだぞ。
 ソリアーノに2000万円も出せる訳がないだろう。」

「彼等とソリアーノは違います。絶対に活躍します。」

「君はそう言うが、そんな保証は何処にもない。 今までの選手と同じように500万円だ。」

「いえ、2000万円です。そうでない限り契約はしません。」



交渉は決裂した。


折り合いのつかない交渉に双方とも業を煮やしたのだろう。

この問題は調停に持ち込まれることになった。

そしてこの時、多くのファンが初めて代理人がダン野村である事を知った。

「またダン野村なのか。」

これがファンの本音であった。


当然の結果と言ってしまえばそれまでだが、調停委員会は球団の提示額500万円が妥当と裁定を下した。

これはもはや最終結論であり、ソリアーノがサインをすればこの問題は決着するはずだった。

しかし、事態はいよいよ収集が付かなくなった。


なんとソリアーノはこの裁定を不服として、契約を拒否した。

当然、残された道は任意引退選手になるしかない。

ソリアーノは任意引退選手となりドミニカに帰国して、忘れられた存在になった。

しかし、後に我々は思いがけないところでソリアーノの名前を耳にすることになる。

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